最高裁判所第三小法廷 昭和45年(行ツ)25号 判決 1974年9月20日
大阪市城東区今福北四丁目二九番地
上告人
長尾容器株式会社
右代表者代表取締役
長尾伊三雄
右訴訟代理人弁護士
村林隆一
今中利昭
片山俊一
高田勇
大阪市北区南扇町一六番地
被上告人
北税務署長 泉茂
右当事者間の大阪高等裁判所昭和四一年(行コ)第一二二号法人税更正決定取消請求事件について、同裁判所が昭和四四年一一月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人村林隆一、同今中利昭、同片山俊一、同高田勇の上告理由一について。
原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)に所論の違法のないことは、原判決を通読すれば、明らかである。所論は、原判決を正解しない議論であって、採用することができない。
同二について。
借地権の譲渡に賃貸人の承諾を要するということは、必ずしも所論の点に関する原判決の認定判断の妨げとなるものではない。また、原判決がその適法に確定した事実関係のもとにおいて本件借地権の対価なしとした上告人の行為計算を所論の法条により否認すべきものとした認定判断は、正当として首肯することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。
同三について。
原判決は、本件借地権消滅の対価の判断にあっては、鑑定人木口勝彦の鑑定結果のみを根拠としているわけでなく、所論(一)の点に関する原判決の認定判断は、挙示の証拠関係に照らし、正当として首肯することができる。また、原判決がその適法に確定した事実関係のもとにおいて上告人が営業権補償として受け取った金員は上告人の借地権消滅の対価を含むものではないとした認定判断は、首肯しえないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂本吉勝 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)
(昭和四五年(行ツ)第二五号 上告人 長尾容器株式会社)
上告代理人村林隆一、同今中利昭、同片山俊一、同高田勇の上告理由
一、原判決には、その判決に理由を附せない違法がある。(民事訴訟法第参百九拾五条第壱項第六号前段)
原判決は、借地権消滅の対価を上告人の所得とし、直ちに旧法人税法第参拾壱条の参の規定により否認している。
しかし、同族会社の行為であっても法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるかどうか、当該行為が企業の行為として合目的的か正常か、又、合理的であるか等を基準とし、且つ当該企業の個別的・特殊性をも考慮して判断すべきものである。(上告人の昭和四拾四年七月七日付準備書面第五項参照)
しかるに、原判決は右の点を何等判断していないのであってこの点で、原判決には理由不備の違法がある。
二、原判決は左の各点に於て法令の解釈を誤った違法があり、右法令の解釈の誤りは判決に影響を及ぼすべきこと明らかである。
(一) 公知の事実の解釈を誤った違法
原判決は、「借地権に価格の認められる地域では、借地権を譲渡又は消滅させる場合には、借地権者に借地権相当の対価を支払うことは公知の事実であり」と断定している。
借地権に一定の経済的価値のあることは認めるが、現行法上借地権者は借地法上若干の修正がされているとはいえ、原則として賃貸人の承諾を得ない限り、その借地権を譲渡・転貸することができないのであり、その為に借地権の経済的価値も明確に形成されず、結局、法律上は借地人は借地権を処分してその対価を回収することが出来ない立場にあるのである。
しかも、借地権消滅の場合に借地人が借地権相当額を賃貸人に請求しうる権利を認めるべき法律上の根拠は全くないのであるから、仮に「借地権を譲渡又は消滅させる場合には借地権者に借地権相当の対価を支払うこと」が経済社会において公知の事実であるとしても、法律上は公知の事実ということはできないのである。
依って、原判決には右公知の事実の解釈を誤った違法がある。
(二) 借地権の性質を誤った違法。
原判決は、上告人の借地権価格は法律上当然に請求できないとの主張に対し、上告人が訴外長尾伊三雄と関係のない者であれば、上告人が借地権消滅の対価を受領せずに借地権を放棄することはあり得ないとしている。
しかしながら、既に述べた如く、借地人が借地権を消滅させた場合に賃貸人より借地権相当の対価を請求する法律上の権利がないということは、現行法が借地権の譲渡性を認めず、その価格が充分に形成されていないこと、又、右請求権を認めるべき法律上の根拠がないことによるものであって、借地人と賃貸人との関係如何によって左右される問題ではない。従って、原判決の前記認定は独断である。
依って、原判決の前記判断は法令の解釈を誤った違法がある。
(三) 所得概念把握の違法。
原判決は右(二)の理由により借地権相当の対価は上告人の所得になるものとし、右の対価なしとした上告人の行為計算は本件事業年度当時施行されていた法人税法第参拾壱条の参の規定により否認すべきものとしている。
しかし、法律上所得と言い得る為には、法律上納税者に当該収入が属することを言い、本件の如き経済的利益は上告人の手本に借地権消滅の対価が入った時に所得があったと見るべきである。(名古屋高等裁判所昭和四拾四年四月五日判決・シユトイエル八五号弐八頁)
即ち、本件借地権消滅の対価の如く、単なる経済的利益に過ぎないものは利息制限法超過の利息・売春の対価と同視すべきものである。
依って、原判決には右の点に於て法令の解釈を誤った違法がある。
三、原判決は右の各点に於て、経験則違反があり、右違反は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
(一) 原判決は、上告人の権利金・敷金の支払のない場合には、借地権価格が発生しないとの主張に対し、右は借地権価格の減額理由になるだけであり、又、使用貸借の場合にも借地権価格が存することが認められるから、右主張は採用できないという。
そして、右認定の根拠は原審における鑑定人木口勝彦の鑑定結果のみである。
しかし、右鑑定が借地権の経済的価値に関するものであるのに対し、借地権消滅の場合にその相当対価を請求する法律上の権利は、借地権の譲渡性についての法的規制等を配慮してその肯否を解釈すべきものである。
依って、原判決が右鑑定のみを以って本件借地に法律上の借地権価格を認めたことは、採証法則に反し、原判決には経験則に反する違法がある。
(二) 原判決は上告人が受け取った金九百六拾四万九千六百五円は純然たる営業補償料であって、上告人の借地権消滅の対価を含むものと解することはできないとした。
右は、上告人が本件土地建物を明渡すことにより上告人の営業所の過半を失う結果になること、借地権価格に比して右営業補償料が不当に少額であること、右金額の算定方法等より認定されている。
しかしながら、仮に借地権消滅の対価の請求権が法律上の権利であるとしても、営業のために使用収益する為の借地については、その借地権の価額は、当該土地を使用収益することによって亨有する営業上の利益と不可分の一体を為すものであって、借地人がその借地を明渡す際に受け取る金員はその名称の如何に拘らず、之を判然と営業補償料と借地権消滅の対価とに区分することはできないのである。
又、原判決の認定通り本件借地権の価格が金五百九拾万円であるとすれば、前記営業補償料に比して決して少額ではなくむしろ、右営業補償料には借地権消滅の対価が含まれていると考えるのが相当である。
右によれば、原判決が上告人の受け取った金九百六拾四万九千六百五円を純然たる営業補償料と認定したのは、著しく経験則に反し、違法であるというべきである。
以上、何れの理由によっても原判決は破棄せられるべきである。
以上